ワーテルローの戦い

ネイサン・ロスチャイルドがイギリスを手中に納めるきっかけになったのが1815年に起こった「ワーテルローの戦い」です。

ネイサン・ロスチャイルド

この戦争でナポレオンが勝利すればフランスの勝ち、ウェリントン公が勝てばイギリスの勝ちという、ヨーロッパ大陸の未来を左右する天下分け目の戦いでした。

ロスチャイルド家は、この戦いの前からチャイルドと呼ばれる密偵団を組織し、独自の情報収集ネットワークを作り上げており、ビジネス、政治などのあらゆる情報がロスチャイルド家に集まる仕組みができあがっていました。
1815年6月18日、ナポレオン軍とウェリントン軍が雌雄を決するワーテルローの戦いはただの戦争ではなく、勝った者だけが空前の富を手に入れ、負けた者はすべてを失う、投資家の賭けの場でもありました。

その日、ロンドン証券取引所は極度の緊張感に包まれていました。イギリス軍が敗れれば、コンソル公債(イギリス国債)の価値は奈落の底まで暴落し、勝てば天まで高騰する。投資家たちは固唾を呑んで見守っていました。両軍が命運をかけて戦っているそのとき、チャイルドたちは内部を駆け回り、つぶさに戦況を収集していました。

そして、ナポレオン軍の敗戦が決定的になったのを目の当たりにしたチャイルドはすぐさま馬車を走らせ、ネイサンのもとへ報告書を提出。その報告書を受け取ったネイサンはすぐさまロンドン証券取引所へ。

ネイサンが証券取引所の立会場に入った瞬間、戦況報告を待ちわびていた騒々しい場内は一瞬で静まり返りました。すべての視線がネイサンの無表情な顔に注がれました。長い沈黙の後、ネイサンはロスチャイルド家のトレーダーに目配せをしたその瞬間、トレーダーたちはイギリス国債をいっせいに売り始めたのである。
場内は騒然となり、ただ呆然と立ちすくむしかなかった。売りたたかれたイギリス国債は下落をはじめ、相場は暴落しだした。やがて人々は「ロスチャイルドは情報を手に入れたんだ!」「ウェリントン将軍は負けたんだ!」と叫び出し、われ先にとイギリス国債を売り始めた。混乱が混乱を呼び、人々は理性を失い、強迫観念から他人の行動に引きずられ、ほとんど無価値になったイギリス国債を売り続けた。数時間にわたる投売りが終わった後、イギリス国債は額面価格のわずか5%にまで落ち込み、紙切れ同然になってしまいました。

ネイサンは無表情のまま一部始終を見続けていましたが、長年の訓練を受けたものしか読み取ることのできない、ほんのわずかな目の動きで、トレーダーにサインを出しました。トレーダーたちが取引台に突き進み、驚いたことに今度はただ同然のイギリス国債を買い集め始めたのである。

翌日、ナポレオン軍(フランス)が敗北したとの情報がロスチャイルド家より1日遅れてロンドンに届けられました。
戦勝国であるイギリス国債は、大暴落した次の日には、イギリス勝利の情報とともに大暴騰しました。

この出来事により、多くの投資家とほぼ全ての名門の家系が破産し、対してロスチャイルドは約100万ポンドの利益を得たといわれています。これは、当時のお金の価値では天文学的な数字で、この日の儲けで彼の財産は2,500倍まで膨れ上がったともいわれています。このことは後に「連合国はワーテルローの戦いに勝ったが、実際に勝ったのはロスチャイルドだった」という諺となって残っています。

ネイサンは、ワーテルローの戦いによりイギリス政府の最大の債権者となった結果、イギリス国債の発行に影響力を持ち、そしてイングランド銀行(イギリスの中央銀行)をコントロールする力を得ました。国債は政府の将来の歳入証書であり、国民が税金を政府に納付することは、その税金がロスチャイルド銀行にそのまま納められることを意味し、現在もイギリス国民はロスチャイルドに税金を納めていることになります。最後に、ネイサンはこう豪語しました。

「私は、イギリスがどんな傀儡を諸国の王位に就けようと、あるいは太陽の沈まぬ帝国を治めさせようと、一切気にしない。大英帝国を支配するのは”通貨供給”を支配する者だ。それは私だ!」