TRON(トロン)

パソコンの基本ソフト(OS)のシェアはWindowsが90%近くを占めています。Macを除くとほぼWindowsといっても過言ではありません。

そんなWindowsと一時期、凌ぎを削っていたのが、日本製のOS「TRON(トロン)」です。
1980年代にWindowsより10年進んでいたと言われるOSを日本人が開発していました。それが「TRON(トロン)」です。
TRONは東京大学の坂村健氏が考案したもので、使いやすく抜群の安定性を誇り、さらに無償で公開されている点が革命的でした。その先進性にアメリカの研究者たちは驚嘆しました。

TRONの思想と技術には多くの賛同が集まり、140社以上の企業が集まったTRONプロジェクトが結成されました。1987年には文部省が学校に配布する教育用パソコンにTRONの採用を決定し、日本の大手メーカーは試作機を作り、実用化まであと一歩のところまで漕ぎ着けました。

そこに「アメリカ」が立ちはだかります。

「情報を制する者は、世界を制す」
アメリカからロシアに亡命したエドワード・スノーデンが発言した言葉です。

Windowsを提供しているMicrosoftは、アメリカ政府に個人情報を提供しています。
Windowsが普及することにより、アメリカは世界中の情報を入手することが可能になるのです。
そのためには、TRONが世界水準になられては困ります。TRONが世界を席巻するとOSを開発している米国企業が打撃を受けるとして、アメリカは日本に圧力をかけます。

当時、日本に自動車や家電製品で圧倒され、巨額の貿易赤字を抱えていたアメリカは輸出制限で脅しをかけ、TRONプロジェクトから手を引くことを迫ります。

メディアは、日米貿易摩擦の問題を大々的に取り上げ、アメリカの労働者が日本製の車やラジカセをハンマーで叩き壊す映像がしつこいほどテレビで流されました。これに日本の政府や輸出企業が震え上がりました「アメリカは本気で怒っている」と。日本は勝手に恐れおののき、TRONを人質に差し出しました。
その結果、次々と日本メーカーはTRONから撤退を表明。文部省も教育用パソコンへのTRON採用を取り下げました。

そこに追い打ちをかけるような事故が起こります。
1985年8月、日本航空123便墜落事件。この便に搭乗していたTRONプロジェクトに関わっていた天才エンジニアたち総勢17名が、墜落事故で全員死亡。
主要メンバーが一気に消えてしまったことでTRONプロジェクトは大打撃を受け、TRONの一般ユーザー向けOSとしての命運は尽きました。

1989年、アメリカ合衆国通商代表部から不当な貿易への対処、報復を目的としたスーパー301条によって、TRONは制裁を受ける(TRONの教育用パソコンへの採用に関し、日本政府がTRONの開発に協力することは政府の市場への介入だと批判)ことになりました。
通常なら「半導体」「自動車部品」といった「カテゴリ」が対象となるものですが、「TRON」は名指しでの制裁を受けるという異例中の異例な対応。これにより、TRONはパソコンのOSとして、世界進出を断念せざるを得なくなりました。

1995年、Windowsが発売され、世界を席巻。
今日に至るまでその流れは続いており、世界中のパソコンの情報がアメリカに集約されています。

世界に名だたるIT企業がアメリカから生まれるのはそのためです。